弓場農場の文化

2014/06/14

yuba2 240x240 弓場農場の文化農作業をお手伝いすることで旅行者が滞在することのできる弓場農場
「耕し、祈り、芸術する」共同農場ですが、弓場農場では特に芸術活動を大切にしています。

短い期間ですが、弓場の方々と一緒に生活し、また弓場農場の歴史の話などをうかがって、農業と芸術と宗教(祈ること)が共存している意味が少しだけ理解できました。
弓場農場の日常生活の様子はこちらのブログへ>>

私たちが滞在していたときにちょうど、リオデジャネイロの日系人の方々が弓場農場に見学に来て、弓場の方々による舞台が披露されました。
男性による勇ましいソーラン節、女性による華麗な踊り、開拓者たちの生活を描いた楽しい演劇など。

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女性たちの美しい踊り


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みなさんで創り上げる舞台は最高


ふだん畑仕事や家畜の世話をしている方々が舞台の上では役者の顔。
同じ舞台に幅広い年代の人が一緒に立ち、劇を創り上げていて、とても素晴らしい舞台でした。


弓場で暮らす方の多くは、日々の仕事の合間に歌や楽器、バレエの練習をされています。
食堂にあるピアノをいろいろな人が弾いていたり、フルートや合唱の練習をしていたりと、小さい頃から楽器やアートに触れ、日常の中に「芸術」があると実感しました。

旅行者でも、興味があればバレエや合唱の練習に参加させてもらうことも可能です。
私たちがいたときにも、踊りの経験のある旅行者の女の子がバレエの練習に毎回参加し、舞台にも出させてもらっていました。

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彫刻の置いてある広場


毎回、食事の前には黙とうをささげます。
最初、宗教(祈り)と言われてもピンとこなかったのですが、自然相手の農業において宗教は大切な要素だそう。

日照りが足りなくては育たないし、水やりをしても自然の雨には敵わない
種をまいたあとは、人間のできることはせいぜい草を抜く程度で、あとは祈るしかない――

私たちがお話を伺った方は、50年前に弓場に来て初めて種をまいたあと、しばらく芽が出ず、そのときに初めて「祈る」気持ちというのが分かったそう。
来る日も来る日も芽が出るのを祈りながら待って、ようやく双葉が出てきたときのことを思い出すと、今でも涙が出るそうです。

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オクラ畑


弓場農場ができたのは今から約80年前。
日本からブラジルのアリアンサ地区に移住してきた弓場勇さんが10人の仲間とともに作りました。
アリアンサ第四地区に弓場農場があります。

弓場勇さんが弓場農場を立ち上げる際、ただの農場ではなく、祈りと芸術を伴ったひとつの「文化」を創り上げようとしたそうです。
一時は分裂したり、人が大きく減ったりなどの危機を乗り越え、80年経った今でもその文化が続いています。

人と人が生活しているので、当然意見の合わない人もいるかもしれませんが、歌や踊りなどの芸術活動を共にしていると、自然と協力体制ができ、争い事も起こりにくいそう。


また、弓場の中では「お金」の概念がないことも大きな特徴です。
弓場農場の中で暮らしている分には、お金を使うことは一切ありません。

洗濯の洗剤や、体を洗うせっけんもありますが、旅行者の人数が多かったので、シャンプーなどは自分のものを使っていました。
その他、滞在中にお金を使ったのは、町に出てビールを買った数回だけでした。

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映画の上映会もあります。この日は話題作の「Frozen」


弓場農場では旅行者を受け入れていますが、人手として「募集」しているわけではありません。

農作業の人手が多く必要な時期には旅行者を多く募集してはどうかと思ってしまいますが、何十年も前から、弓場に興味を持った人が来たら受け入れ、そのときに必要な作業を手伝ってもらっていたそうです。

農業も「創造」で、畑というキャンパスにいい絵を描くことと同じという考えだそう。
「高く売るために」とか、「もっと儲けられるように」ではなく、いいものを作りたくて初めて、いい実ができるそう。

なので、働き手として旅行者を募集するスタンスではなく、来るもの拒まず、去る者追わず、興味を持った人が来たら受け入れるという考えが続いているそうです。
※ただし、さすがに20人を超えると寝床がないため、ワールドカップの時期はキャンセル待ち状態になっていました

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滞在している旅行者たち


かつて200~300人いた弓場農場の住人たちは、現在は約60名。
日本と同様、高齢化が進み、20~30代の若者は外に出ている人も多いそうです。

このまま減ってしまったらどうなるのか・・・という質問をしたところ、
「もし人数が減っても、その人数が食べられるだけの畑に縮小して、これまで通りの生活を続けていけばいい。祈りと芸術を大切にする文化はきっと続いていくから。」
というような話を伺いました。

つい効率主義・資本主義的な観点だと、「人を増やすにはどうすればいいか」「どうやって存続させていくのか」と考えてしまいます。

でもそのような、発展・拡大していくことが前提ではない、日々耕し、祈り、芸術することを大切にしているのが弓場農場の文化なんだと思いました。
日本人が住み、日本語を話していても、ここは日本ではない、そしてブラジルでもない「弓場農場」というひとつの国、民俗なのです。


とはいえ、農業に携わる人が減っているのは事実で、何十人もの人たちが食べていくためには、何らかの形で変化が起こっていくのかもしれません。
実際に、出荷する作物の種類が変わったり、出荷方法が変わったりしているようです。

あくまで私たちが滞在した二週間という短い期間での所感ですが、弓場農場の文化についてまとめてみました。
弓場農場に興味がある方、これから弓場農場に行こうと思っている方などの参考になればと思います。

弓場農場のホームページ

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畑へ行く道


kumi;

 


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